大判例

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大阪高等裁判所 昭和45年(う)280号 判決

被告人 大原輝美 外一名

主文

原判決を破棄する。

被告人大原輝美を懲役四年に、被告人大賀正を懲役八年に各処する。

被告人両名に対し、原審における未決勾留日数中各二〇〇日をそれぞれ右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官斎藤周逸の提出にかかる控訴趣意書に記載されているとおりであり、これに対する答弁は、被告人大原輝美の弁護人西川金夫および被告人大賀正の弁護人十川寛之助のそれぞれ作成にかかる各答弁書に記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用する。

論旨は、第一段に、本件被害者大西宇三郎が死亡した結果について、被告人大原輝美の介入前における被告人大賀正の先行行為が致命傷を与えたものであるとしても、被告人大原の介入後における実行行為もまた右の受傷を助長促進して被害者の死期を早めた点において、その死亡と法律上の因果関係を有するにもかかわらず、被告人大原の実行行為と大西の死亡との間に因果関係が認められないとした原判決は、事実を誤認したものであり、仮りに、右の因果関係が認められないとしても、本件のごとき単純一罪たる殺人罪については、いわゆる承継的共同正犯の法理によつて、被告人大賀が実行に着手してから以後における被告人両名のすべての行為につき、被告人両名はひとしく共同正犯としての罪責を負うものと解すべきであるのに、被告人両名の実行行為を被告人大原の介入前とそれ以後とに分割した結果、被告人大原について共同正犯としての殺人未遂の罪責を認めたのみで、その既遂の罪責を否定し、これに伴つて、被告人大賀についても、右被告人大原の介入後における共同正犯としての殺人未遂の罪と単独犯としての殺人既遂の罪とが成立するとしたうえ、後者が前者を吸収するとの罪数処理をしている原判決の見解は、法令の解釈適用を誤つている、と主張するものである。

そこで、訴訟記録に基づいて本件の事案を検討してみるのに、被害者大西宇三郎および被告人両名を含めて、原判示のように互いに所属し又は統轄する組関係からかねて交友をもつ数名の者が、同判示の日時、その判示にかかるスナツク喫茶に居合わせて、それぞれ飲酒するうち、大西が同じ組系統の幹部の名をあげてつぎつぎに侮辱する言辞を弄し、ついには同席の者にも執ように言いからんできたため、被告人両名およびその先輩格にあたる仲間の者が立腹し、これに反論するなどして、次第にその座の空気がけん悪になつていつたこと、この空気を感じとつた被告人大賀が喧嘩になつた場合の用意に仲間の家まで刺身庖丁を取りに行き、これを持つて立ち戻つたところ、その庖丁は仲間に取り上げられたが、なおもひそかに同店の勝手口から刃渡り約三〇糎の菜切庖丁を持ち出し、自身で携えている間、大西から「使い走りはそこをのけ」などと面ばされるに及んで、それまでおさえていたうつ憤が一時に高ぶつて、とつさに同人に対する殺意を生じ、右庖丁で同人の右側頸部を一回突き刺し、さらに、反撃の姿勢を示す同人の頭部等に数回切りつけたこと、この様子を近くの席で見ていた被告人大原が、右の場面を目撃した直後、もはや大西が死亡するにいたつてもよいとの考えのもとに、被告人大賀に加勢して大西に攻撃を加えようと決意し、以後被告人両名は暗黙のうちに共同してひき続き大西に打撃を与えようとの意思を通じ合つたうえ、被告人大賀がさらに大西に右庖丁で切りかかつたところを、被告人大原が体当りをして大西を転倒させ、なおも起き上がろうとする同人の頭部をウイスキーの角びんで一回殴打し、続いて丸椅子で数回殴打する等の暴行を加えたこと、大西は、右被告人大賀による最初の頸部刺突のために、同部位から鮮血が噴出するほどの痛撃をうけながら、気丈にもその後被告人らに立ち向う態度をみせていたが、被告人大原の丸椅子による頭部殴打を受けてから全く抵抗する力を失つて屈伏し、結局、被告人らの暴行によつて受けた右側頸部刺創、頭部および手部刺切創ならびに頭部打撲傷のうち、前記被告人大賀の刺突行為による右側頸部刺創が致命傷となつて、大量の失血により受傷後約二時間二二分後に死亡するにいたつたこと等本件に関する一連の経過は、各関係証拠を通じて明らかなところである。原判決は、右のような本件事態の経過を認定摘示したうえ、これに基づいて被告人両名の罪責を決定するにあたり、各自の被害者に加えた暴行と各暴行による被害者の受傷および死亡の結果とを因果関係の点から分析し、被害者大西の死亡には被告人大原の介入前に行なわれた被告人大賀の前記庖丁による刺突行為のみが原因を与えたものとの認定に立つて、被告人大賀についてだけ殺人既遂の罪責を認め、被告人大原については、被告人大賀との共謀にかかる殺人未遂の罪に問擬するにとどめている。これに対し、所論は、まず、被告人大原の介入後における暴行も被害者大西の死亡に因果関係がなかつたとはいえないとして、右原判決の判断を争うものであるが、因果関係の存否はしばらくおき、前記の経過にみられるとおり、被害者大西に対し、被告人大賀において単独でその殺害の実行行為に着手したのち、大西の死亡によつて殺人の罪が既遂に達するより前に、被告人大原が被告人大賀との共謀のもとにその実行に介入している点において、本件が所論にいわゆる承継的共同正犯の類型に属する殺人事犯にあたることは明白と考えられる。問題は、かような場合における各行為の罪責をいかに判定すべきかにあるわけであるが、殺人罪のごとき単純一罪たる犯罪については、実行の着手から結果の実現までに多くの時間を要し、かつ、先行行為者における実行の着手と後行行為者の実行介入までの間に特に時間的懸隔が存するような場合又は後行行為者が先行行為者の行なつた実行の内容に関知せず、したがつてこれを利用してみずからの実行に移る意思が明確でなかつたような場合等を除き、原則として、共謀成立の前に行なわれた先行行為者による実行をも含めて、結果の実現に向けられた各行為者のすべての実行行為につき、行為者の全員が共同正犯の責任を負うべきものと解するのが相当とおもわれる。したがつて、かかる事犯において、各行為者の実行行為と実現した結果との間の自然的な因果関係が各別に判定しうるとしても、その因果関係の存否又は結果に対して有する比重の大小等の点は、行為者ごとの犯情を論ずるならば格別、原則として、これをもつて各行為者の罪責を左右する根拠とすることはできないものと解されるのである。右の観点から本件の場合を考察してみると、上記のように、被告人大原は、先行行為者たる被告人大賀における被害者大西の右側頸部に対する一撃とこれを受けた大西の様子を傍らでつぶさに見まもつていたのであり、その直後に、右の一撃による効果を一層決定的なものにしようとの意思をもつて被告人大賀と犯意を通じ合い、じ後両名共謀のもとにこもごも大西に打撃を加えたものであつて、その各実行行為は同一の機会にほとんど相前後して行なわれ、僅かな時間のうちに終了しているのに対して、大西が死亡する結果の実現したのは、実行が終了してから二時間二〇分余を経たのちであること等本件の全般を通ずる状況の推移から観察するときには、大西の死体解剖に当つた医師松倉豊治が鑑定書および当審の証言において力説するように、前記大賀の先行行為によつて生じた右側頸部刺創が唯一の死因であるとの医学上の所見をそのまま採用するとしても、被告人大原は大西の殺害にいたる本件の全行為について責任を負うべく、殺人既遂の罪の共同正犯たる刑責を免れることはできないものといわなければならない。かくして、本件について被告人両名の各実行行為とその責任とを被害者の死亡との間の因果関係によつて分割して各別に判断したうえ、被告人大賀についてのみ殺人既遂の罪責を認め、被告人大原については共同正犯としての殺人未遂の罪が成立するにすぎないとし、なお、これに伴つて被告人大賀における共同正犯としての殺人未遂の罪はその単独犯としての殺人既遂の罪に吸収されるとの罪数評価をした原判決は、法令の解釈適用を誤り、ひいては事実を誤認したものというほかなく、これらの過誤は被告人両名につき判決に影響を及ぼすことの明らかなものであるから、この点の論旨は理由があり、その余の控訴趣意について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八〇条、三八二条により、量刑不当の論旨に対する判断を省略して、原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により当裁判所においてさらに判決をすることとする。

当裁判所において被告人両名につき認定した犯罪事実は、いずれも本件起訴状記載の公訴事実と同一であるから、これを引用し、なお、被告人大原における累犯前科については原判決の関係摘示部分を引用し、これらは原判決の挙示する各対応の証拠によつてこれを認め、なお弁護人主張の心神耗弱の点および緊急避難又は過剰避難の点が認められないことは原判示のとおりであり、被告人両名の本件各所為はいずれも刑法六〇条、一九九条に該当するので、所定刑中いずれも有期懲役刑を選択し、被告人大原には右累犯前科があるので、同法五六条一項、五七条により同法一四条の制限内で累犯加重をし、その各刑期の範囲内で所論量刑不当の事由を検討したうえ、被告人大原を懲役四年に、被告人大賀を懲役八年に各処し、被告人両名に対し、刑法二一条を適用して原審における各未決勾留日数中いずれも二〇〇日をそれぞれ右各刑に算入し、当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項ただし書を適用して被告人らに負担させないこととし、主文のとおり判決する。

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